浪速の味 江戸の味(九月)目黒のさんま【江戸】
「秋刀魚」は日本の秋を代表する魚です。太平洋に広く分布する秋刀魚は、夏に千島沖に集結し八月下旬には日本列島に沿って南下をはじめます。この頃の秋刀魚は脂質が20%にもなっているということで、焼く時の煙の多さが秋刀魚の秋刀魚たる油煙、いや所以。
古典落語「目黒のさんま」の舞台、東京都・目黒界隈は、将軍が鷹狩に訪れる農村地帯で海とも魚とも縁のない内陸部、現在でも鷹番という地名が残っています。「目黒のさんま」は鷹狩に訪れた殿様の話です。
お供が弁当を忘れたため空腹に苦しむ殿様は、匂いに誘われて農家で焼いていた見知らぬ棒のような魚(もちろん秋刀魚)を所望。止める家来を振り切って、直火で焼いた黒焦げの秋刀魚にかぶりつきます。するとその美味なること、殿には忘れられない味となりました。
屋敷に戻った後も、殿様は秋刀魚を熱望。仕方なく家来は日本橋の魚市場から新鮮な秋刀魚を仕入れますが、食べやすさを考えて、秋刀魚の脂と小骨すっかり抜き、身の崩れた蒸し魚にして殿様の御前へ。そのあまりの不味さに殿様は「この秋刀魚はいずこで求めた」日本橋ですとの家来の返事を聞くと「それはいかん、秋刀魚は目黒に限る」。
この原稿を書いている今日、今年の秋刀魚の高値がニュースで流れました。地球温暖化と近隣諸国の乱獲で漁獲高が年々減っている秋刀魚ですが、この秋もぼうぼうと脂を燃やして焼き上げた秋刀魚を味わいながら、昔の殿様を思い起こしたいものです。これが本当の「往時茫々」、お後の用意がよろしいようで・・・
この国は煙ぼうぼう秋刀魚かな 光枝